2021.2.11(木)歴史の光と影

建国記念の日。いつもの散歩道で、いつもよりたくさんの人とすれ違う。

人が多いのは、今までなら遠出していた人々の多くが、休みを地元で過ごすようになったから(ツアーができない僕ももちろんその一人)。


ふと、1970年代の暮らしぶりを思い出す。鉄道が張り巡らされた都会と違って、元々出不精な実家では、地方から遠出するのはそれなりに周到な計画が必要だったし、市外に出るなんて年に何度もないハレの日のイベントだった。外食も同じ。今みたいに世界各国の美食が楽しめるようになったのは平成以降で、70年代はハンバーガーやドーナツのチェーン店も十分レアだった。バブル以降、日本人は贅沢にいろんなものを食べて、色んな所にでかけた。失われた20年と呼ばれた不況を経て、コロナ禍に襲われるまでは。




最近は日曜祭日はどこに行っても人が多いので、人の集まりそうなところへ行くのはやめて、近所をぶらぶら歩いたりして普通に過ごしている。今日も適度に仕事をして、録画してあったNHKスペシャル「戦国~激動の世界と日本~」を観る。布教と武器の輸出と領土争いの思惑が複雑に絡み合う歴史の裏側。日本史をちゃんと学んでこなかっただけに余計にえげつなく感じる。




昨年から世界的なうねりとなっているBLM運動の影響で、欧米各地の歴史的英雄の銅像が撤去され始めている。黒人とネイティブ・アメリカンの戦士を引き連れたニューヨークのルーズベルト像が一番わかりやすい。(*写真は「週間NY生活」ウェブ版より)



かのコロンブスでさえ、こんな認識に変わりつつあるという。

「東アジアの豊富な資源を求めていたコロンブスは、その途上でアメリカ大陸を『発見した』とされてきた。学者たちは、コロンブスや彼の船員たちが先住民たちにレイプや奴隷化といった非人道的な扱いをしていたことを認めながらも、『新大陸』の父としての功績にばかり焦点を当ててきた。」ナショナルジオグラフィック「あの偉人までも BLM運動で高まる英雄像撤去の声」





ところで今日、東京オリンピック組織委員会会長の森氏が、女性蔑視の発言問題から辞任を表明した。発言が、男女平等を基本憲章に謳うオリンピックの長にふさわしくないのはもちろんだし、彼に限らず、日本を「支配」する長老たちの国際感覚とのズレが、あるのかないのかやるつもりなのかやれるのかわからない国際的な大イベントを目前にして(やっと)露呈した感はある。なにせ日本は、2019年の「ジェンダー・ギャップ指数」調査153カ国中121位という、先進国の中では圧倒的に男女格差の激しい国でもある。





コロナとオリンピックを期に、人々は世界基準で物事を考えざるを得なくなった。ポリティカル・コレクトネスは時には生真面目すぎるし、自分がそれほど清廉潔白な人格だとも思えないけれど、学生時代から男性社会のヒエラルキーで上に立てたことがほとんどなく、仕事の分野でも少数派に属する機会の多い身としては、平等と弱者を慮る世界に変わろうとする今の潮流に逆らう理由はない。




歴史を学ぶとき、すべてを史実として淡々と受け止めてきた。でも言い方を変えれば、植民=侵略であり、戦争=殺人でもある。


こうなると、英雄の武勇伝に心酔することと、世界平和を願う気持ちは矛盾しないのだろうか?と思ったりする。英雄の「非人道的」な行為を省みる視点は、いつか日本にも波及するんだろうか? でも、そんなふうに常識を疑うところから始めないと、いつまで経っても地球上から戦争はなくならない気がする。戦争なんてなくなるはずがない、寝ぼけたことを言うな、と言われそうだ。はい、いつまで経っても夢ばかり観ています。


You may say I'm a dreamer, but I'm not the only one....



*pics by H.Takano with SIGMAfp

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